子供の「熱性けいれん」という症状を、娘が一才半で起こしたその時まで知らなかった。幼い子供の脳は未熟で熱に弱い。急激な発熱に過剰に反応する。それが熱性けいれん。日本人の子供の5%前後が、6才までに一度は経験するらしい。
何の知識もなく、けいれんを起こしている子供を目の前にしたら、「この子は死ぬかもしれない」と思う人が多いだろう。私もそうだった。突然、首をガクッとうなだれ、全身の力がグニャーっと抜け、呼んでも全く反応しなくなる。白目をむいて、口を半開きにし、よだれを流し、そのうち手足をビクッ、ビクッと小刻みに震わせる。もし、あの場に夫と、子供のけいれんについて知っていた友人夫婦がいなかったら、私はただ泣き、うろたえ、どうすることもできなかっただろう。
もっとも、その時は永遠とも思えるけいれんの継続時間も、ほんの数分であることが多い。逆に、数分を超えるようなら危険な場合もある。けいれんについては調べまくって、今では私も「もし子供が熱性けいれんをおこしたら、まずは冷静に時間を計ることが大切」と知っている。他にも、子供は静かに寝かせること、服の首元、おなかをゆるめること、けいれんが左右対称かどうかを確認すること、意識が戻るまで無理に動かさないこと、など注意点はいくつかあるけれど、慌てずに経過を見る以外に特に必要な処置はない。身近で子供が熱性けいれんをおこした時には、まず落ち着いて、けいれんの様子をよく観察し、意識が戻るのを待つ。ぜひ覚えておいてください。
この熱性けいれん。娘は一度だけだったけど、息子は既に6〜7回起こしている。ちなみに5%前後の子供が一度だけ経験し、その中の約3分の1の子供が何度も繰り返すのだそうだ。息子は、だから統計的には、百人に1〜2人ってとこか。心配ではあるけれど、こう繰り返されると親は慣れたものだ。慌てず騒がず、常備しているけいれん止めの座薬を使用し、経過を観察する。
ところで、熱性けいれんに関する考え方が、日本とドイツでちょっと違う。けいれんを起こしやすい子供は、けいれん止めの薬を病院でもらう、というのは同じ。でも日本の病院では「熱が上がってきたら予防のためけいれん止めを使ってください」と言うのに対して、ドイツでは「けいれんを起こしたら、その途中でもいいので薬を使ってください」と言う。日本ではけいれんを起こすこと自体を嫌って未然に薬で防ごうとするけれど、ドイツでは予防のためではなく、けいれんが軽くなるように、けいれん後が楽になるように薬を使う。どうしてかは分からない。
話が脱線してばかりだけれど、とにかくドイツ出発三日前の木曜の夜、熱を出した息子を、金曜に病院に連れて行く。半年間ほど週2〜3回のペースで通った病院も、実に数ヶ月ぶり。親しくなったアンドレオ先生に、息子は最後に挨拶したかったのかな、なんて思いながら診察を終え、受付も済ませ、帰ろうとしたその時、抱いていた息子の体がグニャっと半分に折れ曲がり、後ろに反り返った。「どうしたの?!」と声をかけても白目をむいて反応がない。
「熱性けいれんです!」
大声をあげる私に、受付の女性が駆け寄って来て、ベッドに案内してくれる。次の子供を診察していたアンドレオ先生も走ってきて、素早く慣れた手つきで座薬を処方、落ち着いて経過を観察してくれる。
けいれんが本当に熱性のものであれば、大きな心配は無い。問題なのは、けいれんが熱ではなく、他の原因だった場合。息子がけいれんを起こす度に、私は目を凝らして観察し、詳しく経過を説明して来た。いつも先生は「おそらく熱性けいれんでしょう」と言うものの、絶対大丈夫と断言はしない。それは、素人の口頭説明からの、判断の限界だったのだろう。それが上手い具合に、今回は病院の先生の目の前でのけいれん。アンドレオ先生も「これは間違いなく熱性けいれんです」と言い切ってくれたので、まあ良かったのかもしれない。
と今になってみれば思うものの、病院でのけいれんが金曜で、出発が日曜。熱が下がらなければ、長時間のフライトをどうしよう、と不安でいっぱいだった。
そして日曜。息子の熱、下がらず。
機内には沢山の薬を持ち込んで、解熱剤と抗生物質を飲ませながらの帰国となった。手荷物チェックが尋常でないほど厳しいアメリカ行きの飛行機でなかったのが、せめてもの幸いと思うことにしよう。